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ジョン万次郎は何をした人?遭難という不運にも負けず邁進し続けた生涯

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ジョン万次郎

幕末~明治初期にかけて、通訳や造船技術の指導者として活躍し、日米の橋渡し役となった、ジョン万次郎の生涯についてご紹介します。

日本が鎖国真っ只中で、海外渡航など考えられなかった時代に、誰よりも先に一人アメリカの地へと降り立った彼は、何を見て、何を思い、どのような人生を歩んだのでしょうか。

目次

ジョン万次郎の生涯

ジョン万次郎
ジョン万次郎。1880年頃に撮影

万次郎は1827年に現在の高知県で生まれました。
生誕の地である土佐清水市には、ジョン万次郎資料館があることで有名ですね。

ジョン万次郎、遭難する

一家は貧しく、万次郎は幼い頃から働きに出ていたそうです。
14歳になり、漁師の仕事をしていた万次郎ですが、なんと乗っていた船が遭難してしまいます。

仲間たちと共に無人島に漂着した万次郎は、そこで143日間を過ごしたとされています。

あまね

5カ月近くも、一体どのようにして生き延びることができたのでしょうか…。
驚きのサバイバル能力です!

ジョン万次郎、アメリカへ

ウィリアム・ホイットフィールド
ジョン万次郎を救出したウィリアム・ホイットフィールド船長

その後、補給のために島にやってきたアメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号により、運よく救助されます(なおこの船の名前にちなんで、万次郎はジョンという愛称で呼ばれるようになります)。

しかし、鎖国中であった日本にアメリカ船で帰ることはできず、万次郎たちはそのままアメリカへと向かうことになります。
仲間たちは皆ハワイで下船しましたが、万次郎は1人アメリカ本土へ渡ることを希望します。

海外の情報がほとんど無い時代、それも仲間たちと一人別れて、未知の大地へ踏み込まんとすることは、どれほど大きな決断だったでしょう。

孤独や不安な気持ちよりも、知らない世界を知りたいという好奇心、探求心に溢れた人物だったことがわかりますね。

現代でさえ、一人で海外へ行くことなど怖くてできない私にとっては、想像もできない勇気と行動力です。
やはり、偉人となる人は違いますね。

ジョン万次郎のアメリカでの生活

そんな只者ではない万次郎は、アメリカの学校に通い英語・数学・測量・造船技術などを学びます。
なんと学校で首席となる秀才ぶりです。

当時、日本人のための英語の教科書も辞書も無い時代に、言葉の壁を乗り越え、首席にまで上り詰めるとは、まさに天才としか言いようがありません。

あまね

これだけ学習環境が整っている現代ですら、一向に英語が話せるようにならない私に、ぜひとも勉強方法を教えて欲しいところです😂😂

もちろん彼の才能によるところだけでなく、想像を絶する努力があってのことでしょう。人種差別を受けたともいわれていますので、辛い経験も多かったと思います。

そうした逆境にも挫けることなく、努力を貫き、結果を出すことはどれほど大変なことか、もはや計り知ることはできません。

ジョン万次郎の帰国後の活躍

ジョン万次郎の像

やがて日本に帰国した万次郎は、通訳の仕事や航海・造船技術の指導に尽力します。
ペリーの来航以降、幕府はアメリカについて早急に情報を得る必要があり、まさに帰国子女である万次郎はうってつけということで、重宝されました。

日米修好通商条約の批准の際、咸臨丸という船に乗って、通訳として使節団と共に再びアメリカへ渡ったのは有名な話です。

船には勝海舟に福沢諭吉という、錚々たるメンバーが乗っていました。

その後も万次郎は小笠原の開拓や、開成学校での教授としての活動など、長らく働き続け、再びアメリカに渡航した際には、恩人であるジョン・ハウランド号の船長との再会を果たしたそうです。

なんというドラマチックな人生でしょうか!
自分が命を救い、アメリカに連れてきた少年が、今や祖国で重要な役割を担う人物となり、今度は自分の力で遠くアメリカまでやって来たのです。

そんなことを誰が想像したでしょうか。
再会を果たした2人は、一体どんな話をしたのでしょうか。

波乱万丈な人生を送った万次郎ですが、晩年は病に伏し、最期は1898年に71歳でこの世を旅立ちました。

まとめ

ジョン万次郎の像
ジョン万次郎の上陸の像

いかがでしたでしょうか?
初めてアメリカに渡ったといわれる日本人で、日本の一大転換期である開国から明治維新にかけ、国家の近代化に大きな役割を果たしたジョン万次郎。

そのきっかけは遭難という、本人が意図したものではなかったところに、数奇な巡り合わせを感じます。

困難を耐え抜くたくましさ、未知の世界を恐れず踏み出す勇気、そして弛まぬ努力によって、ジョン万次郎は歴史に名を残す人物となりました。

常に逆境に立ち向かい、邁進し続けた彼の生涯のストーリーは、これからも誰かの背中を押し続けてくれることでしょう。

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